犬小屋

心優しい犬に文字は書けない

親指のつめに歯が当たる、かちかち言ってうるさい、耳の奥の、あと脳みそに、回っていく毒みたいな、毒みたいな、毒みたいな吐息。やわらかく蝕まれてしまう。ともなってわたしもはあって息を吐いて、熱い、って言ったらクーラーつける?って聞かれた。いいって言ったのに声が小さくて聞こえなかったのかぴったりくっついていたはずのあたたかな皮が離れて、すうと風がわたしの肌を撫でて寒い。さむいよ。
ピッ。
「どこにもいかないで」親指のつめに歯が当たる。かち、かち、かち、大きな体は戻ってきたのに熱はそこにぜんぜんなくて、骨を這っても鳥肌が立つ。「ここにいるよ」それは確かに正解で、あなたはここにいるんだけど、たぶんずっとここにしかいてくれないんだろうなって思ったら嫌になる。あの熱が欲しい。あの熱が、わたしが遠くに行ったら追いかけてほしい、近くに来たらやわらかく撫でてほしい、ねこみたいって可愛がってほしい、そして突き飛ばしたら死んでほしい。そんなのわかんないんだろうな。粘膜と粘膜がくっついたって意味はないよ。ただ汚いだけだ、汚いって言われてたこと、わたしのせいじゃない。わたしが悪いんじゃない。でも誰も悪くないからもうどこにも行けなくなる。あの熱が欲しい。それ以外はいらないし、それはずっと手に入らない。